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最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)16号 判決

上告人 岩手県知事

訴訟代理人 千田善蔵 外一名

被上告人 高橋フサヨ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人千田善蔵、同伊藤俊郎の上告理由第一点について。

行政事件訴訟特例法は、行政処分の取消を求める訴の提起については、原則として訴願の裁決を経由しなければならないものとし、訴願の裁決を経て出訴する場合には、出訴する場合には、出訴期間は訴願の裁決を知つた日から起算すべきものとしていること、所論の通りである。その法意は、行政処分に対し適法な行政上の不服申立があつた場合には、これに対し行政庁の応答があるまでは出訴期間を進行せしめないことになるものと解される。また同法は、所論の如く訴願の提起があつた日から三箇月を経過したときは、訴願の裁決を経由しないで、訴を提起し得るものとして居る。而して、被上告人が本件農地買収処分に対し適法な行政上の不服を申立て、その後三箇月を経過しても、行政庁が応答しないのであるから、被上告人の右買収処分の取消を請求する本訴は、出訴期間の進行を開始する以前の状態において提起せられたものであつて、適法と解すべきである。この点に関する原審引用の第一審の判断は、これと同趣旨に出て居るのであつて正当である。

論旨は、理由がない。

同第二点について。

論旨中、被上告人が原判示養子縁組無効確認の訴を提起するに至つたのは、専ら本件農地買収処分を免れるためであると認むるを、条理上当然とする旨主張する所がある。しかしかかる事実は、証拠上原審の否定する所であつて、これを是認し得られる。所論の如く認定すべき条理上の根拠も亦見出されない。原判示養子縁組が、被上告人の夫恒吉及び清子の両親の意思に基かないで、被上告人により恒吉及び清子の氏名を冒署してその届出がなされたとの意味において、被上告人の不法なる所為に基くものであることは、所論の通りである。しかし原判交によれば、原審は、本件農地が右清子の所有であるが如き外観を呈するに至つたのは、被上告人の不法なる所為の直接の結果ではなくして、右恒吉の死亡によるものであつて、被上告人の右所為は、本件買収処分を免れる目的より出たものでもなく、その他本件買収処分の取消を求める関係において、とくに不法視すべき目的より出たものとも見られない旨認定して居る。しかも上告人は、本件買収処分により喪失すべき固有の私的取引上の利益を有するものでないことも亦、原判示の通りである。前述の一切の事情の下では、被上告人の本件土地所有権が、直に法律の保護に値しないものとなし、或は被上告人が本件買収処分の取消を求めることが直に民法一条、九〇条、七〇八条の趣旨精神に反するものとなし得ないのは明白である。

以上と同趣旨に出た原判決は正当であるから、論旨は、すべてこれを採用し得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 石坂修一 島保 河村又介 高橋潔)

上告代理人千田善蔵、同伊藤俊郎の上告理由

第一点原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用を違つた違法がある。

即ち原判決は被上告人の予備的請求(本件買収処分の取消請求)について次のように判示している。「本件買収処分の買収令書が昭和三十二年五月十六日控訴人から旧藤根地区農業委員会を経て武田清子に交付され同年六月十五日被控訴人から右買収処分について相手方の誤認を理由に取消を求めて農林大臣に訴願の提起がなされ右訴願に対する裁決が本訴訟の最終口頭弁論期日までになされていないことは当事者間に争いのないところ、行政庁の違法な処分の取消を求める訴はその処分に対し適法な訴願の提起がなされればその訴願に対する裁決がなくとも訴を提起することができるが裁決がなされるまではその処分について訴願庁の審査の段階にあるのであつて行政事件訴訟特例法第五条に定める出訴期間はいまだ開始しないものと解するを相当とし、従つて被控訴人の本件買収処分の取消を求める予備的請求に控訴人主張のような出訴期間経過後に提出された違法があるものということができない」。

しかし、行政事件訴訟特例法第二条は行政庁の違法な処分の取消を求める訴はその処分に対し法令によつて訴願のできる場合には訴願をしてその裁決を経た後でなければ提起することができない旨を規定し、その例外として「但訴願の提起のあつた日から三ケ月を経過したときは訴願の裁決を経ないで訴を提起することができる。」と規定している。そして同法は行政上の法律関係安定の必要から行政行為の効力を早期に確定するために第五条に「第二条の訴は処分のあつたことを知つた日から六ケ月以内にこれを提起しなければならない」と規定する。右訴願の提起があつた日から三ケ月を経過したときに訴願の裁決を経ないで提起する訴が第二条の訴であることは疑がなく、右訴について第五条の出訴期間に関する規定が適用されることも当然である。従つて右の訴は「処分のあつた日から六ケ月以内に」提起しなければならず右処分というのは原処分に外ならない。

本件において被上告人が本件買収処分のあつたことを知つたのは遅くも農林大臣に訴願を提起した昭和三十二年六月十五日であるからその後六ケ月以上を経過した後に提起された本件訴は不適法として棄却せらるべきである。しかるに原判決が訴願に対する裁決のない間は第五条の出訴期間は進行を開始しないとして漫然被上告人の本訴請求を認容したのは右出訴期間に関する規定の解釈適用を誤つた違法があるというべきである。

第二点上告人は原審において被上告人が無効であると主張する養子縁組は被上告人が昭和十九年三月当時六十九歳の老令の高橋恒吉と婚姻した後同年八月二十日自己の実妹武田清子を養子にしようとして清子(未成年者)の両親即ち自己の両親にも相談せず又自己の夫恒吉の承諾を得ることもなく自ら同人等の名義を冒用して養子縁組届書を作成して届出たというのであつて、右は畢竟自己の右不法な行為即ち他人名義の文書を偽造し右偽造文書を行使し公正証書の原本に不実の記載をなさしめたということを原因として本件買収処分の取消を求めることに帰着するというべく、このような主張は全く法律秩序を無視した無法な主張であつて許さるべきものでない旨主張したところ原審は(イ)右清子が本件農地の所有者であるような外観を呈するに至つたのは養子縁組届出の直接の効果でなく恒吉の死亡(同人が同月二十八日死亡し家督相続が開始したことは争がない)によるものであり、(ロ)上告人には元来本件買収処分取消により失うような利益がなく、(ハ)又被上告人が右養子縁組届出をするについて本件買収を免れるためとかその他の不法な目的を有していた事実が認められないとして右主張を排斥している。

しかし、被上告人は夫恒吉の死亡後十数年の長年月を経た昭和三十一年になつて初めて右養子縁組無効確認訴訟(盛岡地方裁判所昭和三十一年(タ)第一三号、甲第二号証)を提起したのであつて右訴訟提起の時期と本件買収令書交付の時期(昭和三十二年五月十六日)及びその前提手続の期間を対照考察するとき、被上告人が最近に至り養子縁組無効確認訴訟を提起するに至つたのは専ら本件買収処分を免れるためであると認めるのが条理上当然であるというべきである。しかもその無効事由として主張する事実が前記のように被上告人自らの不法な行為である以上仮令右養子縁組無効の判決が確定し被上告人が形式上本件農地の所有者となつたとしても右所有権は法律上保護に値する利益でない。このことは民法第一条、第九十条、第七百八条の規定からも十分に窺うことができるのであつて被上告人が本件買収処分により右所有権を侵害されたとして右買収処分取消を訴求するのは著しく信義則に反し到底容認すべからざるものと思われる。

以上

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